のんびり気軽にさんぽがてら。
本日は…違ったことなどでそのお名前だけはほとんどの方が知っている(かもしれない)、八部衆の超有名人「阿修羅」です。
たとえ八部衆は知らなくても、なんとなく名前と姿かたちは覚えがある…よね?ね?
野太い声で「くわーかっかっか!」と高笑いをする超人でなく、炎を使う女の子でもありません。
ましては、それぞれ半身が男女に分かれている方でもなく…ってもういいですか?
(※一応有名な方をチョイスしてみました。それぞれ元ネタ分かります?)
そんな訳で、「阿修羅」です。
「修羅」と略されることもあります。
梵語ではちょっと変化して「アスラ」
意味「天部にあらざるもの」という、悪鬼の総称なのでした。

…そう、興福寺像がイメージにある方々はびっくりすると思いますが、この方本来は
バラモン教の邪神なの。
須弥山(しゅみせん)下の海底に住むとされており、当初は仏教を妨害。
忉利天(とうりてん)に住む、寅さんでもお馴染み
「帝釈天」と絶えず戦争をくり返しておりました。
物騒な神さまですね。
しかし、武勇の神「帝釈天」にはかなわず毎回敗れ、阿修羅道(修羅道)へと落とされてしまうのでした。
その後に釈迦に帰依。
眷属として、正法を守護する善鬼神となるのです。
いままでの敵が味方になるという、少年漫画みたいな展開ですよ。
仏教では意味そのまま天の部類には入らず、八部衆の一人となりました。
釈迦如来の眷属です。
六道にも数えられており、天・人の下に位置する、
”終始戦い続ける修羅道の主”でもあります。
(※六道:1天2人3修羅4畜生5餓鬼6地獄)
以上、そうした流れにもあるように、本来は勇猛で戦闘的な神さまなんですね。
ちょっと意外ではないですか?
さて、日本では広く知られている八部衆の一人。
CMなどでも使われている、三面六臂の興福寺像が最も有名です。
こちらの発端としては、「光明皇后(こうみょう・こうごう)」が母「橘三千代(たちばな・みちよ)」追福のため
興福寺・西金堂を建立。
そちらの「釈迦如来」の眷属として、十大弟子と共に製作されたものであるみたい。
なんと、
天平時代(734)のものなのです。
平氏の焼き討ちによって建物自体は焼失したものの、各像は奇跡的に火災から免れました。
乾漆像(かんしつぞう)で、現在も諸尊がほぼ完全な姿で残っております。
特に「阿修羅像」は、空間に浮かび漂うような六本の手、そして凛々しい顔が息を呑むほどの美しさで知られております。
ほぼこちらのイメージでしょう。
当然ながら国宝。
ほか、法隆寺・五重塔内の涅槃の場にはより古い時代の三面六臂の坐像があります。
しかし、
平安時代以降にはほとんど作られた例がないそうです。
流行らなかったのね。
なお、「胎蔵界曼荼羅図(たいぞうかいまんだらず)」に描かれている姿は一面二臂。
右手には宝棒を持ち、左の拳を腰に当てて座っておるそうです。

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